明日死ヌカノヨウニ生キル

”明日死ぬかのように生きろ。”この言葉に出会ったとき、生き方がとてもシンプルになった。これはマハトマ•ガンジーの言葉の”Live as if you were to die tomorrow. Learn as if you were to live forever .(明日死ぬかのように生きなさい。永遠に生きるかのように学びなさい。)”から、とてもインプレッションの強かった前文を心に秘めたいと思った言葉。

受け止め方は各々、タイミングや生き方で様々なのだろうけど、自身の場合は、物事の基準を、「明日、死ぬとして」と付け加えて捉えると、執着したくなる部分と、どうでも良い部分がハッキリとする事に気づいた。だから、考え方がとてもシンプルになり、エネルギッシュにもなれる。

明日、死ぬから自暴自棄に乱暴で無責任な判断をするわけではなく、あくまでも、そこには未来を予測して、今日から明日へと繋がる要素は含むものの、今を大切に出来る、と言うか、今を大切にしたいからこそ、無駄な判断をしなくなるような、そんな期待を感じてしまう。

死ぬ気でやれば何でもできる。とは近いけれども、それは、目的に向かう姿勢の事で、今を大切に生きたい場合、ことろどころでの決断に無意味な決断をしたくない。

自身の場合、特に、利己的な判断からは少し離れ、身近で大切な人を踏まえた、”キレイ”な感じの決断を得られそう。それは、自己満足にも近い幸福感もある。大切な人の幸せは、案外、自分の幸せよりも、より、幸福度が高いのかもしれないね。

死に様のことを考えることはナンセンスなのかもしれないけど、死ぬ時はキレイに逝きたい。俺はそう。残された者に後ろ指を刺されて死に恥を晒すよりは、惜しまれたいとは思う。出来れば、その人の心の何処かに残りさえすれば、まぁ、生きてるのと同等なのかも。

そういう意味では偽善でも理にかなっている気がする。

しばらくはこの言葉をデフォルトの設定にしたいと思う。

SNOWBOARDに出会ったから山を登るようになった。写真を撮るようになった。スケートとサーフィンとサップとキャンプを始めた。怪我も増えた。沢山の人と出会うことが出来た。感謝と孤独を覚えた。家族の絆が深まった。自分と向き合う時間が長くなった。お陰で終わらない自分との戦いが続く羽目になった。疲れるぜー。

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